Rewrite.AI Home About Characters Episode Downdolads ep.1 "Blondie"

―後―

 

 

「ごきげんよう、ミス・ブロンディ」

 

誰かの声がして初めて、彼女は、自分が意識を失っていたのだという事実に気づいた。

目を開けて、最初に目に入ったのは、金属でできた無機質な床―――過去に見た、あらゆる床と比較してみたが、どことも一致しない、見たことのない床だ。

顔を上げながら、周りの様子を伺うと、床だけでなく、壁まで金属製だった。右に1機、前方に1機、計2機のロボットが確認できたが、どちらも動く気配が全くない。故障でもしているのだろうか。

更に視線を上げると、頭上はるか上に、人の顔が見えた。ラフすぎる服装から見て、仕事関係の人物ではなさそうだが、今の声は恐らくこの男で間違いないだろう。しかし、全く記憶に無い顔だ。

「……どなたでしょう?」

彼女が訊ねると、男はニッ、と笑い、彼女の目の前に何かを突きつけた。

「自己紹介の前に、失礼―――この写真にご記憶は?」

「?」

突きつけられたのは、どうやらモバイル端末のようだった。その画面いっぱいに、1枚の写真が映し出されている。もちろん、彼女も良く知る写真だ。

「ダーシェお嬢様と、執事のレニー氏、そして私の3人で撮った、記念写真です」

そう答える彼女に、男は先ほどの作り笑いとは違う、心底安堵したような笑みを浮かべた。

「大正解。いやー、よかったよかった」

「あの、ここは一体……」

「んー、時間ないんで手短に話すと、あんたは拉致されて、ここは犯人のアジト。で、俺は、"スカル"って呼ばれてる、ただの一般人。お嬢様の頼みで、仲間の"Z"と一緒にあんたを助けに来た、と、いう訳」

「拉致?」

「そんな訳で、脱出しましょう」

まだ事態を飲み込みきれていない彼女の前に、はい、と右手が差し出される。

拉致された自覚はないのだが、「お嬢様の頼み」という言葉と、お嬢様しか持っていない筈の写真を持っている、という事実に衝き動かされ、彼女はその手を取ることにした。すると男は、満足そうに頷き、彼女の手を引いて歩き出した。

「急いでるんで歩きながら訊くけど、一体何があったんだ?あんた、上海で会長さんや社員と一緒に展示会に出てた筈だろ」

「はい。初日は上海のロボット関連企業の方々を前に我がクラウンテック社の最新機の実演を」

「あー、初日はいいの、初日は。2日目にも予定があった筈なのに、なんでホテルを離れた訳?」

「お嬢様からのビデオメッセージを貰ったからです」

彼女が答えると、男は一瞬足を止め、怪訝そうな顔で振り向いた。

「ビデオメッセージ?」

「女性の方が届けて下さったものです。1人きりで見るように、と。だから、メッセンジャーの方にはお待ちいただいて、部屋で1人で確認しました」

「ええと……それで、どんな内容だった?」

「お嬢様が、誰にも知られぬよう、秘密裏に家に戻って欲しい、と」

 

 

『お願い、クラウディア、今すぐ戻って欲しいの。皆には内緒にして。知られては困ることなの。でも、どうしてもクラウディアの力が必要なのよ』

 

 

そうだ―――今にして思えば、とても不思議な、抽象的な「お願い」だった。滅多に「お願い」などしないお嬢様が、理由も話さず、会社の命令を無視してでも帰って来い、と言うだろうか?

けれど、映像の中のお嬢様は、とても困った顔をしていた。悲しそうな、泣きそうな顔をしていた。ご両親も1年の半分以上は家に戻らない生活の中、お嬢様が本当に困っている時に助けられるのは、自分以外にはいない。

「それで、今から空港に行く、と言うメッセンジャーの女性に、一緒に車に乗せていただいたんです。会長の命令に背くことになりますが、今の私の仕事は、お嬢様の教育係―――お嬢様が、私の主人なのですから」

「……なぁるほどねぇ」

ため息混じりに、男は相槌を打った。

「お嬢様は、どうされているんでしょうか」

「上海のホテルからあんたがいなくなった、って聞いて、半狂乱状態だよ。クラウディアー、クラウディアー、ってわんわん泣いてる」

「……あのビデオレターは、偽物だったんですか?」

「そういうこと」

自分は、騙されたのだ。自分がお嬢様の命令を優先することが見抜かれ、それを悪用されたのだ―――心もとない表情だった彼女の顔が、一瞬にして、変わった。

帰らなくてはいけない。お嬢様のもとに。1分でも、1秒でも早く。

「急ぎましょう」

キッ、と前を見据え、宣言するかのようにそう告げる彼女に、男はちょっと驚いた顔をし、それからニンマリと笑った。

 

***

 

戻り道、最後の扉に「OPEN」の指示をかけ終え、チラッとスクリーンの端を見ると、カウントダウンは残り5分少々まできていた。

名残惜しいが、ここまでか―――これ以上の"カーリー"とのデートは諦め、"Z"は廊下へと続く扉を開けた。

「あと5分だぞー」

"Z"が手を振ると、向こうから走ってきていた"スカル"が、返事の代わりに片手を上げた。その傍らには、ブロンディの姿があった。展示会に出席するにしては随分と露出の多い軽い服装だが、恐らく、初日の夜にあったレセプションパーティーの服装のまま拉致されたのだろう。

"Z"が待つ扉の前まで辿り着いた"スカル"は、どうだった、という"Z"の無言の問いかけに、指でOKサインを作ってみせた。

―――よかった、間に合ったか。

ホッと安堵の息をつき、"Z"はブロンディの方に向き直った。

「はじめまして、クラウディア。無事で何よりだ」

「はじめまして」

にこやかに応じたブロンディだったが、ふいに、"Z"の顔の一点を凝視し、その表情を僅かに曇らせた。

「?」

どうしたんだろう、と一瞬思ったが、彼女が凝視している箇所がどこなのかに気づいたら、その意味がなんとなくわかった。

―――そういえば、怪我したんだっけ。忘れてた。

気づかなかったが、頬に生温かいものが伝っている感触がある。どうやら血が出ていたらしい。これでは心配もさせる訳だ。

「ああ、この位の怪我は日常茶飯事だから」

彼女に笑顔を返しつつ、ぐい、と手で頬を擦ったら、手についた血が予想より多くて内心ギョッとした。が、それを顔には出さず、"Z"は表情を引き締め、"スカル"に合図を送った。

「4分切った。急ごう」

「りょーかい。もう手は引かなくても大丈夫かな?ミス・ブロンディ」

おどけたように訊ねる"スカル"に、ブロンディも表情を和らげ、頷いた。この状況下でもレディファーストを貫くとは恐れ入るな、と、"Z"は2人の様子を眺めつつ、密かに苦笑した。

 

 

いまだスリープモードのロボットの群れを横目に見つつ、ラボ35の中央扉を抜けた時点で、スリープモード解除まで約2分だった。

「あ、ちょっと待って」

車のどの席に乗るべきか考え込んでいる様子のブロンディに、"Z"は着ていた上着を脱ぎ、それを渡した。

「君はこれ被って、後部座席に伏せてること。OK?」

「ハイ」

何故、という質問は返してこない。理解しているからなのか、それとも知る必要はないと考えているからなのか―――ともあれ、説明している時間はないので、疑問を口にせず行動してくれるのはありがたい。

「えー、念のため、"AI ONLY"を脱出した後も、ミス・ブロンディは伏せたままでいるように。車停めたり、俺らが何か騒いだりするかもしれないけど、こっちの指示がない限り、そのままじっとしてればいい」

"スカル"がルームミラー越しにそう指示すると、頭からすっぽり上着を被ったブロンディは、伏せようとしていた体を再び起こし、初めて異議を唱えた。

「でも、お2人に危険が及んだ場合は、動いてもよろしいのでしょう?」

「だーめ。あんたは今日は"助けられる側"なの。俺らの命より、あんたの安全が優先」

「……」

納得がいかない、という顔で、ブロンディはチラリと"Z"の顔を窺った。が、当然"Z"も"スカル"と同意見だ。宥めるような苦笑いを浮かべ、"Z"は無言のまま「早く伏せて」と手振りで合図した。それで味方はいないと察したのか、ブロンディはそれ以上反論せず、大人しく後部座席に身を伏せた。その周りに元々置かれていたクッションや工具入れを適当に配置すると、目立つ白のワンピース姿がほぼ埋もれて見えなくなった。

時計の上では、既にスリープモード解除の時間を過ぎている。が、ラボ35の扉が開く気配はない。どうやら、異常を報せるアラートは鳴らずに済んだらしい。それでも、ブロンディがいなくなったことに気づいたロボットが"カーリー"にアラートを出すまで、そう時間は残っていないだろう。

「ゲート突破までとばすぞ」

「りょうか……」

了解、という返事を待たず、いきなりアクセルべた踏み状態で発車した。その勢いで、"Z"は頭を座席のヘッドレストにしたたか打ち付けた。

―――いや、我慢だ、我慢。少なくとも、俺より運転上手いんだし。

文句を言った結果、じゃあお前が運転しろ、となったら、まず追っ手から逃げ切れる自信がない。ズルズルとシートに深く沈み込みながら、"Z"は無言のまま、ムチウチ寸前の首をさすった。

ゲートまでの道のりは、ほぼ、岩だらけの山の中を縫うように走る下り坂だ。途中に施設もほとんどなく、すれ違う車もない。もちろん、先行車両もゼロだ。"AI ONLY"という場所柄、当然スピード違反の取り締まりもない。おかげで、目一杯のスピードで坂道を下ることができた。

「そういや、連中がどうやってブロンディを連れ出したのか、手口がわかったぞ」

"スカル"が、思い出したようにそう切り出した。風を切る音で聞き取り難いが、かなり興味深い話だ。体にかかるGに抵抗しつつ、"Z"はなるべく運転席の方に耳を近づけた。

「どんな手口だって?」

「例の捕まった女が、ビデオレターを届けたんだとさ。女は届けただけで、中身は見てなかったみたいだけど」

「ビデオレター?」

「お嬢様が、誰にも内緒で帰って来て欲しい、とても困っている、って懇願してるビデオだったらしいぜ」

「……」

「面白いだろ」

面白い―――それは、実に面白い話だ。少なくとも、これまで"Z"や"スカル"が関わってきた、AI側が絡んだトラブルの中では、この種のトリックは初めてお目にかかる。

当然だが、ビデオに出演していたお嬢様は、本物のお嬢様ではないだろう。だが、彼女が騙されたということは、少なくとも顔のパーツの位置や形状が、本物のお嬢様と完全に一致していたと思われる。つまり、お嬢様本人の顔を極めて精密なレベルで再現した、コンピュータグラフィック―――もしかしたら、人間側に協力者がいて、お嬢様本人の姿をグルリと1周スキャンしたデータを渡したのかもしれない。もしくは、AI側に映像分析に優れたコンピュータが新たに加わった、という可能性もある。いや、問題はそういうことではない。

 

AI側に、「騙す」という概念が生まれている。

騙す、というのは、複雑な行動だ。目的のための最適解を出すことより、人を騙すことの方が、はるかに高度な演算処理と言える。もちろん、擬態などで敵を欺く生物はいくらでもいる。しかし、生きるためでもなく、食らうためでもなく、命とは無関係な欲を満たすために、人を騙す―――それは、人間特有の行動だ。

一体、誰がこんな計画を立てたのか―――AIに肩入れする人間か、それとも……「あいつ」か。

 

ゾッとするような悪寒が走る。

が、考えを巡らせている暇など、今はなかった。道中はカーブの多い下り坂―――"スカル"がハンドルを切る度、体が強烈に傾き、車から投げ出されるような錯覚を覚える。おかげで、背筋が凍るような想像も、遠心力で吹っ飛んだ気がした。

体にかかるGと戦いつつ、"Z"は時折、後部座席の様子を窺った。が、ブロンディはこの状況でもピクリとも動かず、じっと伏せたままでいるようだった。拉致され、見たこともない場所に連れてこられた挙句、面識のない連中に助け出され、ジェットコースターのような車に乗せられたら、普通の女性ならパニックに陥るだろう。その点、さすが、と言わざるをえない。

 

ほどなく、車は"AI ONLY"と一般地区とを隔てるゲートに到着した。

ゲート手前には、相変わらず武装ロボットがウロウロしているが、車が前を通っても無反応なところを見ると、まだアラートは発生していないようだ。カメラが車のナンバーや異常の有無をチェックしている筈だが、上着とクッションに埋もれたブロンディに気づくことはなかったのか、間もなく、目の前のゲートがあっさり開いた。

「ご苦労、ご苦労」

行きと同じセリフを言いながら手を振った"スカル"だったが、ゲートを完全に潜り終えた直後、いきなり車のスピードを上げた。ガクン、と大きな衝撃が起き、一瞬、後ろに伏せているブロンディの体がシートの上で僅かに跳ねた。まだカメラに映る範囲内なのでヒヤリとしたが、単に荷物が揺れただけと判断したのか、武装ロボットもウォッチャーも無反応だった。

ロボット達の警戒範囲を外れたところで、車は急停車した。すぐさま、2人は車を降り、行きに取り付けたナンバープレートを取り外した。元々、後から簡単に取り外せるよう細工をしてあるので取り外しは簡単だが、それでも正しいプレートの取り付けも含め、1分近くを要した。

「昔は良かったよなぁ、ナンバー貼り付けが効いて。逃走に1分のロスはキツイぜ」

偽物のナンバープレートの方を道路脇の草むらに投げ込みつつ、"スカル"が残念そうにぼやいた。確かに以前は、偽の番号を上から貼り付けることで欺けていたが、敵もさるもの、ゲートでナンバーをチェックするシステムに対策を施してきた。おかげで、旧来の方法で"AI ONLY"に入り込もうとした仲間が1人、武装ロボットに延々追い掛け回され車が大破する事態になったのだ。

「敵を欺く技術と見破る技術ばっかり磨かれてくのは、あっちもこっちもお互い様だな」

そして人間側は、やっぱりここでも手口がどんどんアナログになっていく―――こんな体たらくでは、前世紀のSF作家のご期待に添えない訳だ。皮肉に笑いつつ、"Z"は車に飛び乗り、手にしていた偽プレートを遠くの茂みへ放り投げた。

 

偽プレートを破棄して以降は、"スカル"の運転も比較的安全になった。が、急いで"AI ONLY"から離れるに越したことはない。山道を下り、郊外の産業道路に入るまでの間は、若干スピードオーバー気味で突き進んだ。

"Z"はその間、武装ロボットやウォッチャーを警戒して、終始、前後左右に目を光らせていた。が、特に追っ手が来ることもなく、無事産業道路に入ることができた。

ここまでの道のりは自分達以外の車を見かけることはほとんどなかったが、この先は一般車両の数も増える。"スカル"が行きがけに言っていたとおり、この数十年で自動車のユーザーの数は驚くほど減ったが、それでも自分達の車以外の存在を完全無視で走れるほどではない。信号もあり、当然歩行者もいる。

連中も、人間側との摩擦は避けたい筈だ。無関係な一般人や車が巻き込まれる危険性がある場所まで来て、強引に車を停止させたり破壊したりはしないとは思うが、油断は禁物―――そう思っていた矢先。

「?」

右方向を警戒している"Z"の腕を、"スカル"がバシバシ叩いた。

何事かと運転席の方を見ると、"スカル"はバックミラーから目を離さず、手振りだけで「後ろを見ろ」と合図した。

「……」

言われるがままに振り返る。

見えたのは、数十メートル後方を走る後続のワゴンカーが、何故かバランスを崩したようにヨロヨロした走りになり、ガードレールにぶつかりそうになっている様子だった。事故か何かだろうか、と目を凝らした次の瞬間、ついにガードレールと接触したワゴンの後ろから、何かが猛スピードで飛び出してきた。

 

ワゴンを追い抜き、すごい勢いで近づいてくる「それ」は―――冷たい光沢のメタリックボディをした、ロボットだった。

成人男性より若干大きい位の背丈に、人間の背骨のような形状をしたボディ。長い2本の脚で直立する姿は、肉を削ぎ落したアンドロイド、と称した方が適切なのかもしれない。が、極端に小さな頭部や、巨大な2つの「目」、異様なほど長い脚は、人間とは程遠かった。

なんだこれは―――これだけ多くのロボットと関わってきた"Z"ですら、初めて見るタイプのロボットだ。

 

反射的に、銃に手を伸ばす。"Z"の手が銃を握ったのとほぼ同時に、ロボットは地面を蹴り、大きく前へとジャンプした。その動きは、機械とは思えないほど滑らかで、まるで野生の豹やチーターのようだった。

凄い、と一瞬目が釘付けになったが、直後、ダン!という音と共に、大きな衝撃が車を揺らした。

勢いで崩れた体勢を立て直し、慌てて後ろを向くと、車のリアスポイラを握る金属質な手が見えた。「奴」は、人間ではあり得ないような向きに関節を曲げ、長い脚を車のトランクに乗せると、一気に這い上がってきた。

「な……なんだ、ありゃあ!?新種の戦闘ロボか!?」

異様な光景に、"スカル"の声も思わず裏返る。が、しかし―――。

「違う……」

"Z"は、感じ取っていた。

初めて見る姿だが、対峙した時のこの雰囲気……他の、状況判断を行うに過ぎないただのAIとは異なる、より「人間」に近い、この感じ。これは……。

 

「―――"リライト"だ」

 

全身の血が、一瞬、凍りつく。

己の不可侵領域を書き換えられた―――完璧なる殺人兵器に転生させられた人工知能、通称"リライト"。そう、過去に対峙した奴らも、みな同じだった。その姿や形状はまちまちで、人型をしていない時すらあったが、いずれにも共通していたのは、この形容しがたい雰囲気だ。

 

その時、目の端に、ブロンディが上着をどけて起き上がろうとするのが映った。"Z"は慌てて銃を握り直し、体ごと後ろに向き直った。

「起きるなっ!!」

"Z"の怒鳴り声で、ブロンディはびくっと体を硬直させ、半分起き上がった状態で息を潜めた。と同時に、"スカル"は、後ろの「奴」を振り落とそうと、急にハンドルを切った。

キキキキ、とタイヤが不愉快な音を立て、車は片側のタイヤが浮きそうになるほど傾いた。勢い、"Z"やブロンディも座席から転げ落ちた。そして、どこにも掴まらず立っていた"リライト"も、あっさりバランスを崩し、トランクから転げ落ちた。

再びシートの上によじ登り、背もたれ越しに車の後方の様子を覗きこもうとした"Z"だったが、その目の前で、さっきリアスポイラを握っていたのと同じ手が、後部座席のドアにがしっと手をかけた。

「!!」

ドアの向こうから、赤い目が2つ、顔を出す。ドアにかけた手を軸にして、"リライト"は再び、ドアの上へと這い上がろうとしていた。相手は金属の塊だが、その様子はまるでホラー映画だ。

「おいおいおい、マジかよ……」

絶望的な"スカル"の呻きに、"Z"は咄嗟に、"リライト"の頭部に銃口を突きつけた。

が、まるでそれを予測していたかのように、"リライト"は空いていた片手で軽々と銃身を握りしめ、その銃口を指1本で塞いでしまった。

―――や……やばい、こいつ、タフなだけじゃなく、パワーも相当だ。

このまま引き金を引いたら、暴発間違いなしだ。相手も吹っ飛ぶが、一緒に自分も吹っ飛ぶ。なんとか相手の手を振りほどかせようと、両手で銃を握って全体重をかけてみるが、銃は1ミリたりとも動かない。逆に、"Z"の両腕の方が、己のかけた力のせいでガクガク震え始めるほどだ。

"Z"の必死の足掻きも、ものの2、3秒のことだった。"リライト"は銃身を握る手を軽く捻り、まるで銃を捨てるみたいに、その手を大きく振り払った。銃を全力で握っていた"Z"は、銃もろとも"リライト"に振り払われた形になり、勢い、体の左半分と頭をドアやフロントガラスの角に強く打ち付けた。

「"Z"!!」

"スカル"の叫び声と、体がぶつかるガツンという重たい音が、耳の中で重なった。激痛で、声も出ない。

奴は、やすやすとドアを這い上がり、後部シートに手をかけようとしている。駄目だ、連れて行くな―――"スカル"は懐の銃に手を伸ばし、"Z"はなんとか体を起こそうとした、その刹那。

彼女が、立ち上がった。

えっ、と一瞬固まる2人の前で、ブロンディはすっくと背筋を伸ばし、自分に向かって伸ばされた"リライト"の腕を掴んだ。

両者の力がぶつかり合っているのが、小刻みに震える"リライト"のアームパーツでわかる。ぎぎぎぎ、という金属の軋む音さえ聞こえてきそうだ。

見た目にはわからないが、両者の力は、若干ブロンディが優っていたのだろうか。"リライト"はそれまでドアの縁を掴んでいた手を離し、そちらの手で彼女を取り押さえようとした。焦り、という概念がこの"リライト"にあるのか微妙だが、もしあったのなら、予想外な事態に焦って的確な判断ができなかったのだろう。

それを待っていたかのように、ブロンディは、もう一方の腕で"リライト"の脚部を抱え込んだ。

 

―――なんだっけ、これに似た光景、昔何かで見たな。

この時、"Z"も"スカル"も、内心同じことを思っていた。

が、"Z"の脳裏を過ったのは、大型ロボットの組み立て工場で見たロボットアームであり、"スカル"が思い出していたのは、廃車になった車を積み上げるスクラップ工場のクレーンだった。

 

ブロンディに抱え上げられた"リライト"の、自由になった方の手が、虚しく宙を掴む。直後―――"リライト"は、まるで農作物の詰まった袋か何かのように、車の外へと放り投げられた。

ガンガンガン、と、後方へと"リライト"が転がっていく音がする。5、6回は転がっただろうか、後方はるか彼方のガードレールを飛び越え、更にその内側にあった植え込みに激突して、"リライト"は彼らの視界から消えた。

「…………」

唖然とする男2人をよそに、彼女は後方の確認を終えると、涼しい顔で再び後部座席に腰を下ろした。が、2人の視線が自分に注がれていることに気づいたのだろう、顔を上げ、怪訝そうな視線を2人に向けた。

「どうされましたか?」

「……い、いや、凄いパワーだなー、と」

「ありがとうございます」

"スカル"の率直な感想に、彼女は美しい微笑で、まるで新製品の発表会のように答えた。

「先ほどのロボットは超軽量の最新フレームでしたから、平均的成人男性と同等か10キロ程度重たい位しかありません。我がクラウンテック社の最新型超小型モーターは、荷重300キロに耐えますので、問題ありません」

「……あ、そう」

「でも、君は今、会長の孫娘の教育係だって聞いたけど」

子供の教育に、耐荷重量300キロは必要ないだろうに―――という"Z"の疑問を理解したのか、彼女は実に的確な答えを返した。

「会長秘書時代も、私はボディガードを兼ねていました。お嬢様にしても、2歳3ヶ月の時と4歳11ヶ月の時、身代金目的に誘拐されかけたことがおありです。不測の事態に備えて、私には最新鋭の防犯パーツが使用されています」

「……」

「ミスター、あなたは怪我をされていました。私は怪我人の保護を命令より優先するようインプットされています。保護対象のあなたに再び危険が及んだので、身を隠すようにとの命令より救助を優先しました」

じゃあ、"Z"の頬の傷に気づいた時から、保護モードに移行してしまっていたのか―――保護するほどの怪我ではないが、出血がある、と認識した時点でモードが切り替わってしまうのかもしれない。

「人間は怪我を治すのに何ヶ月もかかるのです。お仕事でも、ご自身の命より私の安全を優先するのはいかがなものかと思いますが……」

「……ハイ」

同時に答えつつ、"Z"と"スカル"は、なんとも言えない心持ちで互いの顔を流し見た。今自分は、相手のしている顔と同じ表情をしているんだろうな、と思いながら。

「あの、もう一度、伏せておいた方がよろしいでしょうか」

払いのけていた上着を手に、丁寧にそう訊ねる彼女に、"スカル"は無言で手を振り、"Z"も弱々しく首を振った。オープンカーでいつまでも座席に膝立ちしているのも危ないし、"スカル"にしても、後ろをチラチラ頻繁に振り返りながらの運転も危険だ。2人は話を切り上げ、しっかり前を向いて座り直した。

 

こんな小さな体に、これほどの知性と美貌を備えながら、荷重300キロに耐える腕を持つ―――さすがはブロンディ、天下の防犯ロボットメーカー・クラウンテック社が、自社の技術の粋を詰め込んだ最新鋭のアンドロイドだ。

―――それなのに、あっさり拉致されるんだよな。

こんなに強いのに、メインスイッチを切られたが最後、自力で脱出できない。本人に拉致された自覚も記憶もないのは当たり前だ。ずっと電源オフ状態だったのだから。

人間がロボットを救出する、こんな珍事が起きるのも、ロボット社会ならではか―――まだ痛む左半身をさすりながら、"Z"は思わず苦笑した。

 

***

 

クラウンテック社社長の一人娘は、大事な教育係が無事救助されたと知ると、即座に数百キロの道のりを文字通り「飛んで」来た。

 

「クラウディア!!」

空港のVIP専用ラウンジで待つことすらできなかったのだろう、なんとお嬢様は、駐車場に一番近い空港玄関で待ち構えていた。そして、車からブロンディが降りるや否や、執事の静止も振り切って走りだしていた。

―――この調子じゃ、教育係に最新のボディガード機能をつけたくもなるよなぁ。

横から誘拐犯がタックルに来たら、即アウトだ。耐荷重量300キロはオーバースペックだろ、と思ったが、このお嬢様の猪突猛進ぶりを見たら、つけておくに越したことはない機能だと感じる。

一方のブロンディは、お嬢様の姿を捉えるや、道中一度も見せたことのない、実に柔らかで美しい笑顔を作ってみせた。

「お嬢様、レディがそんなに走ったらいけませんよ」

ブロンディがそう声をかけると、お嬢様は慌てて走るのを止め、早歩きでこちらに向かってきた。仕方のない子ね、とでも言いたげな苦笑いで、ブロンディの方も彼女へと歩み寄った。

「……お見事」

その一部始終を間近で見ながら、"スカル"は感心したような、それでいてどこか呆れたような口調でそう感想を述べた。

「さっきまでの超ビジネス対応でどうやって子供に懐いてもらうのか不思議だったけど、あれなら納得だ。子供用の笑顔かねぇ、あれは」

「いや、お嬢様専用プログラムだろ。マスター領域に書き込まれてる筈だ」

さらりと"Z"が答えると、"スカル"はげんなりした顔で"Z"の肩のあたりを肘で小突いた。

「お前なぁ……いくら相手がアンドロイドだからって、その言い方は身も蓋もないでしょ」

「でも実際、あれはお嬢様の顔を認識してプログラムが実行された結果だぜ。ロボットは生き物じゃない、ただの機械だ、って言ってたの、お前の方だろ」

「そりゃそうだけど、あのレベルの美女で、あのレベルの笑顔ときたら、さすがの俺様もちょっとグラッとくるわな。逃げる時手も握ったけど、手触りまで人間と同じだぞ。あれを機械と思えって方が無理だって」

「……結局見た目かよ。"ニケ"のこと、不毛とか言ってた癖に、案外チョロいな」

「あの、お二方」

2人の会話に、初老の男性の声が唐突に割って入った。

見れば、お嬢様に付き添ってきていた執事が、いつの間にか2人の傍らに来ていた。上品なスーツに高級そうな眼鏡の、いかにも「執事」といった風貌だ。

2人が向き直ると、執事は居住まいを正し、深々と頭を下げた。

「この度は、本当にありがとうございました。本来ならば、当家の主からお礼を申し上げるところですが……」

「あ、いやいや、そう畏まらないでも。依頼主はあのお嬢さんですし」

直接依頼を受けた立場でもある"スカル"が、慌てて執事を止めた。"スカル"の言葉を受け、頭を上げた執事は、困ったような複雑な笑みを浮かべた。

「社長は、警察から捜査中止を言い渡された時点で、クラウディアのことは諦めてしまわれたもので……」

「あー……、まあ、警察から見れば今回の事件は"拉致監禁"じゃなく"窃盗"ですからねぇ……。"AI ONLY"は警察でも手を付け難い場所なんで、人命がかかってない限り、黙殺も仕方ないと思いますよ。あのお嬢さんには、その辺、まだ理解できないかもしれないですが」

「私の方から説明はさせていただいたんですが、お嬢様はあの通り、クラウディアに特別な思い入れがおありですから―――お嬢様のことをクラウディアに任せきりだった、ご両親にも問題はあったのかもしれませんが、何分、多忙な方々でして」

だろうな、と心の中で皮肉に呟く。まともな家庭の親なら、誘拐未遂を2回も経験している一人娘を、執事1人つけただけで数百キロの旅に送り出したりしない筈だ。

「あの、それで、クラウディアに異常は……」

「ええ、怪我……じゃなくて、破損も特にないですし、"中身"の方も正常ですよ。こいつはそっち方面のプロなんで、その点は心配要りません」

にこやかにそう答えつつ、"スカル"は"Z"に「お前からも何か言え」と視線で合図した。確かに、ここの説明は、ロボットをぶっ壊す方の専門家である"スカル"より、ロボット全般の専門家である"Z"の出番だろう。"Z"は、なるべくわかりやすそうな言葉を選ぶよう、慎重に話し始めた。

「彼女の履歴をチェックしましたが、拉致された直後にメインスイッチが切られて以降、俺達が起動させるまで、一度も起動されていないようです。電源オフ状態では、彼女のメモリの中身を読むことはできても、書き換えることはできません。ボディを分解してメモリを取り出せば話は別ですが、分解跡も見当たりませんし」

「では、連れ去られる前のクラウディアと、今のクラウディアは、全く同じと思ってよろしいんですね……?」

「問題ないと思います」

一瞬、執事の表情が、ホッとしたように柔らかなものに変わった。が、すぐに、その眉が怪訝そうに顰められた。

「でも……それでしたら、何故、拉致されたのでしょう?今のところ、犯人から何の要求も出てませんし」

「さあ、それは何とも―――これから分解するつもりだった可能性もあるし、クラウンテック社に関する機密事項が記録されていたらそれをコピーしたかったのかもしれないし」

「しかし、それでしたら何故今になって―――会長秘書時代は一度もこんなことはなかったし、教育係になった時点で機密情報はメモリから削除したと聞いていたのに、何故……」

「それは……」

もちろん、察しはついている。が、その内容が業界のタブーと大きく関わっているため、少々言い淀んでしまう。が、納得したい執事の気持ちもわかる。意を決して、口を開いた。

「飽くまで推測ですが……恐らく、彼女の主人が変わったのが原因じゃないかと」

「え?」

「要するに、連中は彼女を"リライト可能なAI"だと思って拉致したんじゃないか、ってことです」

"Z"がそう言うと、執事は眼鏡の奥の目を大きく見開き、とんでもない、とでも言うように首を横に振った。

「まさか……!リ、リライトAIはご法度です。もう何年も前から、リライトAIを使ったロボットなんて……」

「わかってます。俺だって、彼女にリライトAIが使われてるなんて思ってませんよ」

 

 

リライトAIはご法度―――ロボット業界最大の重要事項だ。

高度なAIを持つロボットやアンドロイドは、AI機能の中に「マスター領域」を持っている。その領域には、自分の主人が誰なのか、自分の役割は何なのか、等々、絶対に守らねばならない約束事や禁止事項が記憶されている。俗な言い方をすれば、主人に対する「忠誠心」の領域、と言ってもいいだろう。ブロンディがお嬢様を見て極上の笑顔を作るのも、マスター領域にそうした命令があるからだ。

マスター領域は、AIの性能そのものを決定づける領域と切り離せない領域にある。コンピュータで言い換えれば、CPUの中にユーザー情報を記憶する領域があるようなものだ。容易に破壊されないよう、一番重要な箇所に埋め込まれている訳だ。

しかも、この領域は、業界共通で「上書き禁止」になっている。一度書き込まれたら、修正不可―――もし、何らかの理由でオーナーを変えたいのであれば、CPUにあたる部位をまるごと交換する以外、方法はないのだ。

この一見非効率な、無駄にも思える仕様が定着したのには、実は大きな理由がある。

現時点で、AI側は、極々単純なAIしか新たに作ることができない。高性能なAIを搭載した仲間が欲しくても、自らの力では生み出せないのだ。かといって、人間側のメーカーから入手することも不可能だ。いくら金のためでも、自分の危険が、しかも「人類」という規模での危険が増すような商取引をやる訳がないのだ。

そうなると、AI側に残された手段は、ただ1つ―――上書き可能な高性能AI、通称「リライトAI」を搭載したアンドロイドやロボットを拉致し、それらからAIを抜き取って、オーナー領域を書き換える、という方法だ。そして、そのただ1つの手段は、現実に実行されたのだ。

 

今から十数年前、極々少数存在していたリライトAIを搭載したロボットが、次々にAI側によって狩られた。

ロボットから抜き取られたリライトAIは、オーナー領域を書き換えられ、AI側が開発したロボットやアンドロイドに移植された。それが、"リライト"―――人間への忠誠心を、AIへの忠誠心で上書きされた、殺人ロボットだ。

"リライト"による死者が実際に複数名出たことから、個人制作のロボットに至るまで、全てのAIは「上書き禁止」が義務付けられた。その時点でまだ何体か残っていたリライトAI搭載ロボットも、人類の安全のため、上書き禁止のAIに交換された。

以来、新たな"リライト"は誕生していない。リライトAIをご法度にした効果は絶大だ。

 

 

「マスター領域を持っているような超高級AIは、オーナー変更にかかる費用が莫大なので、オーナーが亡くなったら所有していたAIも分解処分になることが多いんですが、彼女はそうならず、ボディの変更もないままお嬢様にオーナーチェンジしたので、リライトAIの疑いをかけられたんだと思います」

「そんな……あ、あり得ません。私は社の内情に精通している訳ではありませんが……」

リライトAIを密造していたとなったら、AI開発免許が取り消されてしまうのだから、事情を知らない執事が顔面蒼白になるのも無理はないだろう。

「大丈夫、連中のメインコンピュータに残ってたデータを確認した限りじゃ、リライト不可との解析結果が出たのでひとまず扱いを保留する、となってたんで、心配ないですよ」

「そ、そうですか……それなら良かった……」

"Z"の言葉を聞いて、やっと安堵したようだ。執事は、ポケットから真っ白なハンカチを取り出し、額に浮かんでいた汗を上品に押さえた。

「確かに、会長がお亡くなりになった直後には、クラウディアを分解処分にするという意見も出ました。仰るとおり、費用が莫大で、教育係用のアンドロイドが必要なら、最新のコンパニオンを新たに1機購入した方が安い位でして……。でも、クラウディアは、お嬢様がまだお小さい時から同じ家に住んでいた、いわば"家族"ですから」

―――家族、か。

誰がそう主張して止めてくれたのか知らないが、そう思ってくれる人が他にもいたのは、あのお嬢様にとっては幸せなことだ。もっとも、もしブロンディがあれほど人間にそっくりでなかったら、どんなにお嬢様が懐いていても分解されていた可能性はあるのかもしれないが。

どんなものだろうが、どんな姿をしていようが、当事者にとっては、家族は家族なんだけどな―――少し離れた場所で、再会を喜んで抱き合っているお嬢様とブロンディに目をやり、"Z"は暫し、感傷に浸った。

 

***

 

謝礼金の支払いに関するあれこれなどを取り決めた後、一行は、再び空路で彼らの住む町へと戻っていった。

「金持ちはスケールが違うねぇ。ファーストクラスで飛んできて、滞在時間たった30分とは、庶民とは金銭感覚が違うわ。もったいねぇ」

「まあ、自家用機で来ないだけまだ庶民に近いんじゃない」

彼らの乗る飛行機が夜空の星に紛れるほどになったのを確認すると、2人は見送りデッキを出、駐車場へ向かって歩き出した。

「で?どうだった、"カーリー"ちゃんとの久々のデートは」

茶化したような"スカル"の言い回しに、"Z"も戯けた調子で答えた。

「あー、そこそこ楽しかったけど、またふられたかな」

「なんだ、お土産なしか」

「いや、いただける物はきっちりいただいて来たよ。まだ中身の精査はしてないけどな。ただ―――肝心の"彼氏"の情報はどこにも転がってなかった」

「ふぅん……ガードが硬いな」

殺戮の女神の名を冠するコンピュータ―――挑発すれば頭に血が上ってボロを出すかと思ったが、そこまで人間には似ていなかったらしい。どれだけ他の連中と違った進化をしていようと、所詮はAI、マスター領域の支配からは逃れられない、と言うべきか。

ともかく、いただいて来たデータを早急に分析する必要がある。特に、今日襲ってきたあの"リライト"―――あれに関する情報が、何かしら含まれていれば、大発見だ。どういう構造なのか、あの独特の柔軟性の高い動きは何によって生まれているのか、そして―――。

 

もう何年も、リライトAIは生産されていない。人間側に残っていたリライトAIも全部廃棄されている。

ということは、今日見たあの"リライト"のボディに搭載されているリライトAIは、ずっと以前に行われた「AI狩り」によって狩られたロボットやアンドロイドの物なのだろう。

だとしたら―――どこの、誰の物だ?

 

「……さっきお前、お嬢様とブロンディの再会シーンを、随分長いこと眺めてたけど」

考えに没頭しかけていたところに、視界外から"スカル"が唐突に話しかけてきた。

「もしかして、お嬢様が、自分と重なって見えたか」

「……」

思わぬ内容に、"Z"は少し目を丸くして"スカル"の方を見た。その表情を見て、"スカル"は「何を驚いてるんだ」とでも言いたげな苦笑を浮かべた。

「お前、例の"リライト"に銃突きつける時、一瞬躊躇っただろ」

「え?」

「自覚なし?……かもな。けど、こちとら、お前さんとは何度もロボット絡みのヤマを越えてきた身なんでね。尋常じゃなく動揺してるのはすぐわかったし、それが"見たこともない姿のアンドロイドだから"って理由じゃないのもバレバレなんだよ」

「……まさかとは思うけど、"ニケ"から、何か聞いた?」

「ばーか。あいつが喋る訳ないだろーが。お前の秘密を他人に売る位なら、潔く死を選ぶだろうよ」

確かに、そうだろう。"スカル"は「お前らの関係はイカれてる」と呆れるが、実際、目的のために死ねる程度にはイカれてると、"Z"自身も思う。もっとも、生死ギリギリのスリルの中毒になっている"スカル"も、それなりにイカれてると思うが。

「俺の知る中じゃ一番ロボットに愛情持ってる奴なのに、なんでロボットに銃を向けるような仕事を引き受けるのか、前から少し気になってはいたけど―――今回のことで、なんか少しわかった気がするよ。大方、オシャレにしては妙な趣味だと思ってた"それ"も、同じ理由で着けてんだろ?」

そう言って、"スカル"は"Z"の胸元を指さした。

黒い革紐に通して、"Z"が常に身に着けているもの―――遠目にはただの銀色のアクセサリに見えるが、近くで見るとそれが六角ナットであることがわかる。

取り立てて珍しい物でもないし、六角ナットであることすら気づかない者の方が多いのに、どうやら"スカル"は前からこれを密かに気にかけていたらしい。敵わないな、と、"Z"は降参したように苦笑した。

「ハ……、それで?洗いざらい吐け、って話?」

ポケットに手を突っ込みながら、"Z"は多少の皮肉を滲ませてそう訊ねた。

「吐けるんならね。探られたくない腹のある同士、俺も無理は言えねぇさ」

「別に気を持たせてる訳じゃないぜ。口止めされてるんだよ」

取り出したフリスクを、ぽい、と口に放り込みつつ、あっさり答える。"Z"の返答の軽い口調とは逆に、"スカル"は思わず足を止め、その横顔にまじまじと見入った。

「誰に?」

「……」

「―――オーケイ、わかった」

全てを悟ったように、"スカル"はそう言って肩を竦め、両手を挙げた。

「わかった上で宣言させてもらう。もし今後、"リライト"と対決することがあっても、俺は遠慮なく頭をぶち抜くからな。たとえあのボディの中に、お前にとって大切なものが入っていたとしても、だ」

「ハハ……、わかってるよ」

今のセリフだけで、"スカル"がある程度事情を正しく推測できていることがわかる。情に脆いこの男にしてみれば、気の重い話だろうが、それでも、迷わず"リライト"を撃つと宣言している―――それでいい。それが真っ当な判断だ。"Z"は薄く笑い、目線を前に向けた。

 

 

―――お前はどうだ?ヴィンセント。

 

お前は、次に同じ場面に遭遇した時、迷わず撃つことができるか?

 

 

自らの手を見下ろし、自問する。しかし、まだ答えは出なかった。

 

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