Rewrite.AI Home About Characters Episode Downdolads ep.1 "Blondie"

―前―

 

 

うちの子が、ロボットが死んじゃった、って言ってきかないんです。

 

ロボットは生き物じゃないから死んでないよ、って説明しても、納得してくれないんです。あ、うち、猫も飼ってましてね。そのうちの1匹が先月老衰で死んだばかりでして……うちの子には、猫とロボットの違いがわからないみたいなんですよ。

 

猫は餌を食べるけどロボットは食べないでしょ?って言っても、餌の代わりにエネルギーを食べてる、って言うし、体が金属で出来てるでしょ?って言っても、猫と人間は違う素材で出来てるし、虫は硬い体してるけど生き物だよ、って答えるし、もう、どう説明していいのやら……。

 

だから、修理してまた動くようになれば、納得してくれると思うんですよ。ほら、猫は死んだら生き返られないけど、ロボットは修理するだけでまた動くでしょ?15階から落ちて動かなくなっても死なないってことは生き物じゃないってことでしょ?って。どうかしら、納得してもられるかしら?


 

「あああ、もう、何が悪いんだよ!ロボットは生き物だ、っていう子供がいたっていいだろ!!」

 

 

現実ではかろうじて飲み込んだ言葉を叫んだところで、ガコン、という音と共に、頭に振動が伝わった。

「……」

耳の少し下で聞こえたバサッという音は、顔に覆い被さっていた雑誌が滑り落ちた音だろう。ああ、なんだ、夢か―――どうせ見るなら、もっと楽しい夢を見ればいいものを。舌打ちしたい気分で、彼はゆらりと体を起こした。

「おー、平日昼間から優雅にソファでお昼寝とはいいご身分だな」

愉快そうな声が頭上から響く。まあ、声を聞くまでもなく、蹴り起こしたのが誰かはわかっていた。

「……その起こし方、いい加減やめろって。一応、頭使う商売なんだから」

「大丈夫大丈夫、この程度で壊れるほどヤワな頭なら、とっくの昔に廃人になってるって。気持ちよさそうに寝てたなぁ。天国の夢でも見てたか」

「いや。前に会った、俺をロボット修理工と間違えたおばさんの夢」

「ハッハー、夢でもロボットネタか。お前さんらしい、っちゃあらしいけど」

妙な姿勢で寝ていたせいか、頭が重かった。首筋を押さえながらやっと目を開くと、目の前に何かがずいっ、と突きつけられた。

それは、1枚の写真だった。

何かの記念撮影なのか、3人の人物が写っている。上品な感じの老人と、ヒラヒラのワンピースを着た人形のような女の子、そして見事な金髪のグラマラスな美女―――金髪美女の腕に抱きついている女の子の無邪気そうな笑顔は、母親に甘える子供の笑顔そのものだが、女の子と金髪美女は全く似ていない。そもそも、金髪美女の見た目は、せいぜい10代後半から20代前半だ。

よくある構図の、よくある写真。けれど、この3人の関係性が見えてこない、不思議な写真だ。そして、最も奇妙なこと―――それは、金髪美女の顔に赤のマーカーでぐるっと丸がうたれており、書きなぐったような字で「Help!」と書かれていること。

「何、これ」

「"ルーサー"の旦那から、急ぎの依頼ってやつ。この金髪美女(ブロンディ)、誰だか知ってるだろ?」

「もちろん」

家庭用防犯ロボットメーカー・クラウンテック社の、会長秘書だった筈だ。その類まれなる美貌で話題になり、一時は一般誌の表紙にまでなった。

「この業界じゃ超のつくセレブだからな。最近は滅多に見なくなったけど」

「会長が死んで、秘書も変わったんだとさ。今はこの写真の女の子、つまり会長の孫の教育係。秘書時代から同じ家で生活してたらしいから、秘書を引退して教育係に専念してる、ってことだろうな」

「へー。……で?」

「拉致された」

さすがに、息を呑んだ。それまで寝ぼけ眼でぼんやり見えていた写真が、一気に鮮明になった。

「まさか」

「いや、マジで」

「無理だろ。どうやって」

「手口はまだ不明だとさ。犯人側からの要求もまだない。ただ、連れ去られたのは間違いないらしい」

連れ去られたのに、犯人側からのコンタクトがない―――あまりよろしくない傾向だ。頭をはっきりさせるために、彼は軽く頭を振り、ソファにしっかり腰掛け直した。

「……オーケー、"スカル"。目ぇ覚めたから、詳細聞かせてくれ」

「よしよし。といっても、あんまり時間ないんで、概略だけな」

 

 

"スカル"が語った概略によれば、彼女は昨日から、現会長の命令で香港での某展示会に同行していたらしい。

無事初日を終え、2日目を迎えたが、朝食の時間になっても彼女が姿を見せない。不審に思って、同行した社員や宿泊したホテルの従業員が探しまわったが、彼女は見つからなかった。

そこで、ホテル側が、夜間の監視カメラの映像を確認したところ、駐車場の監視カメラの映像に、彼女の姿が映っていたのがわかった。時刻は午前4時頃で、見知らぬ女性に手を引かれて、銀色の車に乗り込む様子が残されていた。

映像にあった車は、思いのほかすぐに見つかった。空港の駐車場に放置されていたのだ。

すぐに空港の監視システムがチェックされ、例の見知らぬ女性が乗った便が判明した。しかし、その便の搭乗客の中に、連れ去られた金髪美女の姿はなかった。

捜査は香港警察から、飛行機の到着地であるイギリス警察に引き継がれ、問題の女は今朝、ロンドンの空港で身柄を確保された。即座に尋問が行われたが、女は主犯ではなく、金で雇われた一般人であることがわかった。

女の持ち物や証言から、犯人の正体につながる重要な情報が手に入った。

その情報を耳にするや、警察は、この事件の捜査から一切の手を引いたのだった。

 

 

「女が持ってたモバイルの通信記録を照会した結果、女に対する指示は、ラボ35のすぐ近くにある通信基地局を使って送信されてたんだとさ」

「……"AI ONLY"か」

思わず、舌打ちする。

"AI ONLY"―――世界で数ヶ所しかない、特別区域。その名のとおり、AI(人工知能)だけに許された治外法権特区で、施設に用がある人間は、必ず"AI ONLY"のホストコンピュータに事前に許可を貰う必要がある。年齢、性別、職業、人種に一切の例外はなく、無断に立ち入った者の身の安全の保障はない、とされている。

ここ、ボーダータウンのはずれにも、"AI ONLY"がある。ラボ35は、その区域内にある施設の1つだ。基地局のカバーする面積と、あの周辺の施設の数や種類を考えると、女への指示は9割がた、ラボ35から発信されたものだろう。

つまり、拉致犯は、"AI ONLY"の関係者、もしくは、"AI ONLY"そのもの―――この状況で、"AI ONLY"が警察の立ち入りを許可する訳がないだろう。だから警察は、犯人が"AI ONLY"絡みだとわかった途端、手を引いてしまったのだ。

「監禁場所がラボ35だっていう確証は?」

「"ルーサー"曰く、9割。ゲートに続く道の監視カメラに、連中が所有してる車のイレギュラーな動きがキャッチされてた。あいつら、来客以外は、決まった動きしかしないからな」

「……なのに、こっちの警察も、黙殺の方針なんだよな」

「当然。でも、このお嬢様に、そんな大人の事情が通用する訳ないよなぁ。さっき電話で話したけど、目ぇ真っ赤にしてわんわん泣いてたぜ」

モバイル端末の中の写真を指で弾き、"スカル"はそう言って小さくため息をついた。仕事は仕事、と割り切るタイプの男だが、女子供にはめっぽう弱いのだ。

「で?どうするよ、"Z"」

"スカル"に促され、"Z"もため息をついた。

「報酬、いくらだって?」

「お嬢様が貯めた小遣いが、5千。旦那が"上"と掛け合って、5千」

「"ルーサー"のやつ……ラボ35に詰めてるロボットの大半が非戦闘用ロボだからって、低く見積もりやがったな」

「まあまあまあ。大人が子供の小遣い絞り取る訳にもいくまいて。俺様はエキサイティングならオールオッケー」

―――はいはい、そういう奴だよお前は。

まあ、"Z"自身にも、そういう部分があるのも事実だが―――暫し考えた挙句、"Z"は指を5本立て、"スカル"に向けて掲げてみせた。

それを見た"スカル"は、ご冗談を、とでも言わんばかりの作り笑いで、指を3本立ててみせた。

「車用意したり何だりと諸経費がかかるのを、お忘れではございませんかね?」

「……」

諸経費を頭の中で弾き出すのに、約4秒。観念して、指4本を掲げ直した。異名のとおり骸骨を思わせる"スカル"の顔が、ニンマリとした笑顔に変わった。

「じゃ、契約成立ってことで」

パン!とハイタッチで、交渉完了。即、準備に取り掛かる。

時間は午後3時過ぎ―――のんびり金額交渉をしている余裕などないことを、2人とも十分承知していた。


***

 

彼らの住む町は、俗にボーダータウンと呼ばれているが、それは正式名称ではない。

近郊に"AI ONLY"区域が出来た頃から、誰からともなくそういう呼び方をするようになり、今ではすっかり定着してしまった。

人間が支配する区域と、AIが支配する区域、その狭間にある町―――そんな意味合いがあるらしいが、町の様子は他の町とさして変わりない。月曜になればゴミ回収車が自動巡回してゴミを集めるし、買い物袋を抱えたロボットと並んで歩く人間を毎日最低5人は見かけるし、ベビーシッターを頼めば「人間とロボット、どちらをご希望ですか?」と訊かれるし、ロボットが壊れれば大慌てで修理に出す。ロボットが人間を虐殺したり、人間がロボットを大量に廃棄処分にしたり、といった、大昔のSF映画のようなことにはなっていない。極々、普通の町だ―――少なくとも、表面上は。

 

もっとも、10年ほど前までは、この町は文字通り「境界線」だった。

この町で起きた「ある大事件」をきっかけに、一部のロボットと人間の間に諍いが生まれ、しばしば小競り合いが起きていたのだ。人命が失われることもあったし、ロボットが見せしめのように破壊されることもあった。その混乱の中で、犯罪者やら探偵やら賞金稼ぎやらがこの町の周辺に数多く流入した。

そうした時代の名残なのか、この町の住人には、少々訳ありな人物が多い。訳あり同士なので、互いの過去や素性に首を突っ込まないのが、不文律となっている。

 

そして当然、"Z"も"スカル"も、訳ありである。

人の入れ替わりの激しいこの町で、奇特にも5年以上も住み続けている同士なので、他の住人よりは互いのことをよく知っている。コンビを組んでいる訳ではないが、組むメリットがあると踏めば、今回のように組んで動くこともある。こと、仕事に関わることは、誰より互いの能力を把握している同士だろう。

ただし、そこはやはり訳あり同士、素性や過去については、ほとんど知らない。

"Z"は、褐色の肌に銀髪、という珍しい風貌をしているが、彼がどこの生まれか、どういう血筋なのか、"スカル"は全く知らない。自分より大分年下と思われるのに、出会ったばかりの頃、既に専門家レベルでロボットやコンピュータに精通していた理由も、もちろん知らない。

そして"Z"の方も、"スカル"がいつ、どこで、あの正確無比な射撃の腕前を身につけたのか、全く知らない。10本の指のうち何本かが金属製の義手である理由も、もちろん知らない。知らなくても、問題ないからだ。

 

 

「えーと、俺はストロベリーとチョコマーブルで。おーい、お前もいる?」

いらない、という意味を込めて、"Z"は首を横に振った。

―――時間がないっつってるのに、アイスクリームは欠かせないんだな。

洒落たエプロン姿の親父が華麗な手さばきでコーンにアイスを乗せていく様子を眺めつつ、思わず苦笑する。

"スカル"は大のアイスクリーム好きで、中でも週に3回やってくるこのワゴンカーのアイスクリームは「買わずに素通りするのは人としてあるまじき行為」とまで言うほどの大好物らしい。まあ、アイス1つで機嫌よく仕事ができるのなら、数分のロスは大目に見るべきだろう。

「お待たせ」

ホクホク顔で戻ってきた"スカル"の手には、二段重ねのアイスクリームが握られていた。

「運転するんだろ?」

「駐車場までには食べ終わるって」

そう言いつつ、"スカル"は早くも1段目にかぶりついているが、その一口で、1段目の半分位がなくなった。なるほど、大いに納得だ。

一方の"Z"は、いつも持ち歩いているフリスクを1粒、口の中に放り込んだ。好みの味より少々辛すぎるタイプのやつだが、眠気覚ましにはちょうどいい刺激だった。

 

人種をごちゃ混ぜにしたような外見の"Z"と、骨ばってヒョロヒョロした風貌の"スカル"が並んで歩いたら、他の町なら、通行人の注目を浴びてしまうだろう。しかし、ここ、ボーダータウンで、彼らを振り返るような野暮な通行人は皆無だった。

それに今は、午後ののんびりとした時間帯―――仕事帰りにはまだ早く、どこかに出掛けるには少々遅い時間帯で、人通りもまばらだった。買い物客らしい女性や、下校途中らしい子供がチラホラ、という程度だ。

その足元を縫うように走り回っているUFOみたいなロボットは、近所のファストフード店が定期的に巡回させている小型の掃除ロボットだろう。ロボットも効率化が図られるようになり、小型より大型の方が頻繁に見るようになったが、地域貢献やら環境運動やらを謳って店舗が小型ロボットを走らせるのは、今も人気の宣伝手段らしい。

「汎用"R-09"か……やっぱり"R-10"よりあっちの方が可愛げあるよな」

しみじみと"Z"が呟く。汎用"R-09"とは、今走り回っているUFO型ロボットのことだ。"スカル"は視線を頭上に向け、後継機となる"R-10"の姿を思い出そうとした。が、思い出せたのは、目の前を走る"R-09"と寸分違わぬ姿だった。

「どの辺が違う訳?」

「全然違うだろ。頭の部分のカーブの緩さとか」

「……いや、あのロボット、頭ないでしょ」

「あるって。よく見ろよ」

「ルートヴィッヒ!」

不毛な会話に、突如、仰々しい名前が割って入った。

思わず声の方に目を向けると、7歳か8歳くらいの男の子が、パタパタと足音を立てながら2人を追い抜いて行くところだった。男の子の前方に待っているのは、1体のロボット―――ずんぐりむっくりした丸みを帯びたフォルムで、子供に今一番人気のあるタイプのコンパニオンロボットだ。

恐らく、この男の子のコンパニオンなのだろう。ロボットは、駆け寄ってきた男の子に、抱えていたサッカーボールを手渡した。それを受け取った男の子は、よく出来ました、と言わんばかりに、ロボットの頭を撫でた。そして、ロボットと手を繋ぎ、何事かを楽しそうに話しながら歩いて行った。

「……どの辺がルートヴィッヒなんだろうな」

「うーん……あの子自身がドイツ系なのかも」

先日見かけた同じタイプのロボットは、主人らしき女の子からペペと呼ばれていた。どの辺りがペペなのかよく分からないが、それでも、ルートヴィッヒよりはあのロボットの見た目にマッチした名前だったような気がする。

ロボットの形にも、色々ある。UFOみたいな形や、古典的な「いかにもロボット」な形、動物の形を真似たものもある。そしてもちろん、人間とよく似た頭身、よく似た体つきのものも。中には人間そっくりな外見に作り上げられたロボットもいる。が、子供に根強い人気なのは、今も昔も古典的なロボットだ。

―――あの子も、あのルートヴィッヒがバラバラに壊れたら、「ロボットが死んじゃった」って泣くんだろうな。

先ほど見た夢が、頭をかすめた。大人の目には金属パーツの集合体に見えても、子供の目には「生き物」に見えるのだ。それがどんなに硬く、どんなに冷たい物体であっても。

「―――おい」

ちょっとした感傷に浸りかけた刹那、"スカル"が、"Z"の腕のトン、と叩いた。

「?」

眉をひそめる"Z"に、"スカル"は無言で、前方斜め上を指さした。

「……」

街灯と同じ位の高さを、せわしなく飛び回っている物体。一見、虫か何かのように見えるが、よく見ると、半球体のボディにプロペラが付いたような形をしたロボットだ。通称、ウォッチャー。俗に言う、監視ロボットだ。

監視ロボットは、もちろん、人間も利用している。が、飛び回るタイプのものは、災害などの緊急時以外、使われることはまずない。昔は導入が検討されたらしいが、プライバシーの問題から否定的な意見が多く、見送られたのだ。平常時、街中で飛び回る監視ロボットを見かけたら、それは、AI側が放ったもの―――要注意人物の監視や、ロボットの動向調査などのために飛ばしているもの、と考えていいだろう。

前方を飛び回っているウォッチャーは、特に監視対象がないのか、定期巡回といった風情に見えた。が、"Z"と"スカル"がいる方へとカメラを向けた途端、その動作が変わった。

左右の動きがピタリと止まり、ホバリングを続けている。動物に例えるなら、こちらをじっと凝視している感じだ。

「どっちかな」

小声でそう問いかける"スカル"の手は、既にジャケットの中に忍ばせた銃に伸びている。口調が若干愉快そうにすら聞こえるのは、気のせいではないだろう。

「さあね。両方なんじゃない」

そう答える"Z"の口元にも、微笑が浮かぶ。直後―――ウォッチャーのカメラ部分を覆うガラスが、微かな音をたてて飛び散った。

"目"を撃ちぬかれたウォッチャーは、小さな火花を散らしながら、墜落した。

「惜しい。もうちょい左なら、ど真ん中だったのに」

まるでゲームの最高ランククリアを逃したみたいな"スカル"の口調に、"Z"はくっくっと笑いを噛み殺しつつ、手振りだけで「早く銃をしまえよ」と伝えた。いくら音の少ないレーザー弾とはいえ、町中で銃火器をおおっぴらに持ち歩いては、一般人の目に留まってしまう。さほど寒くもない気候の中、"Z"がわざわざ上着を羽織って来ているのも、内側にショックガンを隠すために他ならないのだから。

銃をしまった"スカル"は、アイスクリームの残りを頬張りつつ、足元に転がっているウォッチャーの残骸を拾い上げた。

ウォッチャーは小型のロボットで、成人男性としては大柄な"スカル"が手に取ると、その掌の中にすっぽり収まってしまう程度のサイズしかない。掌の上で転がしてざっとチェックしてみたところ、撃ちぬいたカメラ部と、落下時に破損したプロペラ部以外、目立った破損はなさそうだ。

「ブロンディの件で、警戒されたかな」

念のためプロペラを折った上で、ウォッチャーを"Z"の方へ放り投げる。それを片手でキャッチした"Z"は、少し忌々しそうに眉をしかめた。

「……かもな」

AI側が何か事を起こそうとする際、過去に連中の邪魔をしたことのある人間がマークされるのは、よくあることだ。警察が今回の件から手を引いた時点で、そういう実績を持つ何人かにウォッチャーが仕向けられた可能性は高い。

年々、連中のやる行為は、より狡猾に、より慎重になってきている。それは皮肉なことに、どんどん人間のやり口に似てきていることを意味していた。

「でも、今回は、向こうから出向いてくれてラッキーだったな」

パキン、と音を立てて、ウォッチャーの外装パネルの一部が外れる。慣れた手つきで"Z"が取り出したのは、ウォッチャーの心臓とでも呼ぶべきパーツ―――この地区のホストコンピュータ、俗称"カーリー"に情報を送るための通信カードだ。

以前見たものとは、微妙に見た目が違う。恐らく、前回と同じ手段で乗っ取るのは不可能だろう。まあ、どんな鍵をかけようが、こじ開けるまで―――日射しに透かすようにカードを掲げ、"Z"はニヤリと笑った。

「ハロー、"カーリー"。再会が楽しみだ」

 

***

 

まだ詰め切れていなかった計画について手短かに話し合っているうちに、駐車場に着いた。もちろん、予告どおり、アイスクリームはコーンも残さず完食済みだ。

「そういやあ、読んだよ、この前言ってた、ふるーいSF小説」

車のナンバープレートを取り付けながら、唐突に"スカル"がそんなことを言い出した。

「ああ、あれか。どうだった?」

「うん、なんつーか……申し訳ない気分になった」

予想外な感想に、"Z"は思わず手を止め、前側のプレートを取り付けている"スカル"の方を怪訝顔で見やった。

「申し訳ない?」

「だってよ、あの小説の世界じゃ、こんな地べたを走り回る車なんざとっくに絶滅してて、地上何百メートルって高さを、自家用車やらタクシーやらがびゅんびゅん飛び回ってただろ。でもあれ、西暦何年頃が舞台になってたか、覚えてるか?」

「いや。読んだの、だいぶ前だからな」

「俺も軽く流してたから、途中で戻って探してみたんだよ。そしたら、20世紀末だってよ!20世紀末!」

「ハハハ」

空飛ぶ乗り物系の話は、人気があるのか、今も新作のSF小説によく登場する。他にも、時間旅行やワープ、様々な星への移住―――100年以上前からSF小説では定番なのに、現実にはどれも実現していない。実現しないまま、時間だけが、小説の中の時代設定を追い抜いている。

旧世代が夢見たほどに、人類は進化しなかった、ということか―――そう考えると、"スカル"の言う「申し訳ない」の意味が、なんとなく理解できた。

「でも、実際、空中飛び交う自家用車、なんてのを実現しようとしたら、技術があっても、インフラ整備やら法整備やらで頓挫するんじゃない。飛行機見てみろよ。管制塔がなけりゃ、あんなだだっぴろい空ですれ違うのすら危ういぜ」

"Z"が言うと、"スカル"も「まあねぇ」と同意の言葉を呟いた。

「ま、それに、車に乗る人間自体、今じゃすっかりマイノリティなのに、自動車用の新交通システムとか誰得だよ、っつー話だしなぁ……。にしても、あれの作者は、俺の親父が生まれる前にあんな生活が実現すると想像してたのに、現実は、息子の俺が、こんなアナログな車のナンバープレートをせっせと取り付けてるんだぜ?」

「ハハ……、しかもこんな、超アナログなドライバー使って、な。―――オーケー、取り付け完了。そっちは?」

「こっちも完了」

"ルーサー"が前もって用意していた車は、赤のスポーツタイプのオープンカーだった。もちろん、今取り付けたナンバープレートは、本来のこの車のナンバーではない。実に古典的な、しかし連中が苦手とするトリックのための仕込みだ。

運転席に"スカル"が、助手席に"Z"が乗り込み、さっそくエンジンをスタートさせる。現在、時刻はほぼ16時ジャスト。

「ゲート到着予定は?」

「この時間帯の混み具合だと、45分か50分」

となると、"カーリー"を口説き落とす制限時間は、30分といったところか―――陥落に失敗した場合のプランも考慮に入れつつ、"Z"は用意していたグラスPCを装着した。一見するとサングラスにそっくりだが、これでも最新のCPUを搭載したPCだ。装着時、ちょうど眉間にくる辺りに、カメラやスキャナーが仕込まれているのだが、知らない人間が見たらただの飾りだと思うだろう。

まずは、先ほどウォッチャーから抜き取ったカードを、スキャナーで読み取った。数秒後、"Z"の視界前方に、カラフルな立体図形が複数とメニュー項目が並んだ。

「どんな感じ?」

視界外から、"スカル"が訊ねてきた。"Z"の目には、前方の空間に画像が広がっているように見えるが、実際にはグラスPCのモニターに表示されているだけで、当然、"Z"以外の人間には見えないのだ。

「前のバージョンに比べると随分オシャレなメニューになった。ニュース番組のオープニングみたいなデザインだ」

「ほほー。誰の入れ知恵だろうな」

「人間のデザイナーでも雇ったか、それとも、奴らにこういうお遊びもやらかすだけの知性が誕生したか―――さてと、"ニケ"から例のやつ、貰ってきてるだろ?」

「おう、預かってきてるぜ」

前方から目を離さず、"スカル"はジャケットの内ポケットから預かっていたメモリカードを取り出し、"Z"に手渡した。

さっそくカードを読み取ろうとした"Z"だったが、ふいに視線を感じ、顔を上げた。怪訝顔で視線の方に目を向けると、"スカル"が前方に顔を向けたまま、物言いたげな目だけこちらに向けていた。

「何」

「もしかしてお前ら、喧嘩とかしてる?」

話の流れからして、お前ら、の相手は"ニケ"だろう。最近"ニケ"と会った時の様子をざっと思い返してみたが、特に思い当たる節はなかった。

「いや、別に。なんで?」

「アイザックが心配してたんだよ。何で喧嘩してると思ったのか、さっぱりだけど」

「ふーん。あいつの思考回路も安定しないからなぁ……」

もしかしたらアイザックは、"ニケ"が先月のメンテナンスを"Z"ではなく別の人間に頼んだこと気にしているのかもしれない。アイザックにとってメンテナンスは重大なイベントなので、スケジュールが合わなかっただけ、という一番単純な想像より、ネガティブな想像の方が勝ってしまってもおかしくはない。

「わかった。今晩にでもアイザックにコンタクト取ってみるよ」

"Z"はあっさりそう答えたが、何故か"スカル"はまだ物言いたげな顔のままだった。

「……なんだよ、その無言のプレッシャーは」

「なあ。しつこいようだけど、ホントにお前ら、どうなってんの?」

「は?」

「別に人の私生活に首突っ込みたかぁねーし、友情にも恋愛にも人それぞれの形があって結構だと思ってるけど、お前らはマジで理解に苦しむぞ。そもそも、」

「あーもう、前見ろ!前!!集中!!!」

顔までこちらに向けようとする"スカル"に、"Z"はその頭を片手で掴み、ぐい、と前を向かせた。さすがに運転中に前方不注意はまずいと思ったのか、"スカル"は素直に前を向き、ひとまずは口を閉じた。が、表情は思い切り不満顔だ。ため息をついた"Z"は、カードをスキャナに読み取らせつつ、一応話だけは続けた。

「前から謎だったけど、なんで"スカル"が俺と"ニケ"のことで気を揉んでるんだよ。"ニケ"に気がある訳?だったら俺が仲介役買って出てもいいけど」

「アホか。俺様の理想はもっと高いんだ」

「……わかった。今度会ったら、伝えとく」

「いや、それは勘弁して」

"ニケ"の腕っ節の強さは仲間内でも有名だ。さすがの"スカル"も、いくらなんでも彼女の不興を買いたくはないらしい。

「だったら、何で。第一"ニケ"は、地球がアイザック中心に回ってるような女だぞ。お前も知ってんだろ」

「わかってねぇなあ。だから気を揉んでんだよ

苛立ったように、"スカル"は眉間に皺を寄せた。

「いくら"ニケ"が惚れ込んでたって、アイザックはロボットじゃねぇか」

「……」

「人間がロボットに惚れて、どうなるよ。不毛だろ」

"不毛"。

自分が言われた訳ではないのに、ぐっさりと突き刺さる。反論しようにも、"スカル"を納得させられる言葉が咄嗟には見つからない。

「ただの思春期の思い込みだと思って聞き流してたけど、いまだにアイザックしか目に入ってないんじゃ、さすがになぁ……あのままババアになったら洒落にならんぜ」

「ハ……、"ニケ"の親みたいな言い草だな」

 

ロボットは生き物ではない。

15階から飛び降りても死なない。どんなに求愛されても応える術がない。だって、生き物ではないから。

壊れたロボットを見て子供が泣くのは、子供故にそれを理解できないからなのかもしれない。大人になり、ロボットは死なないのだと理解すれば、いつかは泣かなくなる日が来るのかもしれない。

では、それを理解してもなお、ロボットの「死」に涙するような人間は、「幼稚」なのだろうか。

応えてもらえないとわかっていても、自分の想いに忠実に生きようとすることは、「不毛」で「無駄」なことなのだろうか。

 

「……ま、誰の迷惑になるでもなし、いいんじゃない。気の済むまで、好きなようにさせとけば」

そう言うと、"Z"は合図のようにパン!と手を叩いた。

「おしゃべりタイム終了。コントロール握るまで反応できないからな」

「はいよ」

ちょうど"ニケ"から渡されたカードの読み込みも完了し、こちらのデータの更新作業も終わった。雑念を振り払うように、"Z"は大きく深呼吸し、目線を前方の空間に向けた。

 

コンピュータは年々高性能になっていくが、1つだけ、今も昔も変わらない弱点がある。

例えば、採取した指紋が犯人のものと一致するかをチェックする場合、人間なら、犯人の指紋と採取した指紋の画像を重ね合わせて、目で判断できる。が、コンピュータの場合は、それぞれも指紋の画像をデータ化し、そのデータ同士を比較することで判断する。映像、音声、画像……入力は様々だが、最終的には、2進数や16進数のようなデータに変換される。

電子データになってしまえば、複製は可能だ。人間の指をコピーすることはできないが、データ化された指紋をコピーすることは造作も無い。コピーガードを設けたとしても、そのガードも、突き詰めて考えれば結局はガードしている中身と同じ電子データであることに変わりはない。

物理的物体を直接扱えない、全てを電子データに変換せざるを得ない―――電子計算機なのだから、当たり前だ。

 

―――ふーん、今でもチェック項目は、機体ナンバーと専用キーか。こりゃありがたいな。

先ほど壊したウォッチャーの中身から、アクセス時に何をチェックしているかはすぐわかった。以前、同じ手口で"Z"がハッキングを行った際は、AI側はウォッチャーの機体番号のみをチェックしてアクセス許可をしていたが、それでは脆弱だと思い知らされたため、追加でアクセスキーを設けたようだ。あらかじめ複数用意したキーのうち、どれかを使うようになっているらしい。

幸いにして、この追加仕様については、"Z"も事前に把握していた。普段、身辺でウォッチャーを見かけたら、物理破損を起こさないようショックガンで撃ち落とし、そのデータを丸ごとコピーしているのだ。必要な物だけいただいたら、後は記録を改ざんした上で解放する。そうしたことを、"Z"を含む数名が、日頃からコツコツやっている訳だ。

人間側に捕まる、という事態を想定していないのか、それとも単にウォッチャーが連中にとって重要な存在ではないためか、ウォッチャー1機が短時間行方不明になっても、AI側が何か行動を起こしたことは、これまで一度もない。おかげで、結構な数のデータが集まっている。そうして集められたデータの中には、それぞれのウォッチャーの通信履歴も含まれていた。

"スカル"が"ニケ"から預かってきたのは、その通信履歴を集積したものだ。全集積データのうち、通信履歴の管理をしている担当者が"ニケ"、という訳だ。「もしも」を想定して、重要なデータは1人に集めず、複数名に分けて所持する―――大昔からの、地下活動家達のお約束。重要なデータを守ろうとすればするほど、手段がアナログ化していくのは、なんとも皮肉な話だ。

膨大な通信履歴を解析ソフトで読み取り、先ほどのウォッチャーの機体ナンバーを探したところ、合計23件の履歴が見つかった。追加された専用キーは、アクセスする毎に使用するキーが変わる仕掛けだが、23件あれば、次回アクセスする時、どのキーを使用するかの見当をつけるには十分だった。

こうして、先ほどのウォッチャーになりすました"Z"は、ウォッチャーの通信カードに接続し、彼らのネットワークにアクセスを試みた。

―――おっと。システムは相変わらずだけど、通信環境は強化してきたな。

前よりアクセス完了までの時間が短い。結構なことだが、これは少々厄介だ。"Z"の手口では、通常のデータ送信を行い、その実行中にわざと強制終了させることが必須になる。コンソールから命令を打ち込める状態にするためだ。あまりに通信速度が速すぎると、手動での強制終了が難しくなる。短時間に何度も送信を行うと、不正アクセスとみなされシャットアウトされることも、過去の経験で把握済みだ。

チャンスは1度きりと思え、と自分に言い聞かせつつ、空中に浮かぶボタンを押した。

と、ちょうどそのタイミングで、車が大きく揺れ、"Z"の体もガクン、と前に倒れた。

「っ、おいっ!!」

思わず怒鳴る"Z"に、"スカル"は無言で後方を指さした。

振り向くと、街灯に激突し、地面に落下していくウォッチャーの姿が、かろうじて見えた。どうやら、後をつけてきたウォッチャーを、カーブにさしかかったのを利用して振り切ったらしい。あと少しでも距離が離れていたら、確実に目視不可能だっただろう。

「相手さん、相当ピリピリしてるねぇ」

「……みたいだな」

はぁ、と息をつき、再び前方に視線を戻すと、そこには送信用画面はもうなく、見慣れたコンソール画面に変わっていた。とんでもないタイミングだったが、無事、送信に割り込むことが出来たらしい。

あとは、正規のデータの代わりに、ウイルス感染させたデータを送るのみ、だ。慣れた手つきでコマンドを叩くと、間もなく、送られたデータに反応したのか、ホスト側からのメッセージが表示された。

いくつかのやり取りを行い、最終的なパスワードの要求が出るまで、そこから更に約3分。前方の空間に、「UNDER CONTROL(制御下)」の文字が表示された。

「オーケー、レベル1のコントロール奪取成功」

ほっと肩の力を抜き、"スカル"に向けて親指を立ててみせると、"スカル"も親指を立ててそれに応じた。

「お疲れさん。とりあえず、この辺りのウォッチャーとウォーカーの分布図が欲しい」

「了解」

時刻は、16時半になっていた。

 

***

 

"AI ONLY"区域と町とを隔てるゲートは、郊外の山へと続く道の途中にある。

元々は山を貫くトンネルの入り口だったところが、金属製の頑丈なフェンスで封鎖され、許可を得た車両のみ通すゲートが中央に設置されている。フェンスには目立つよう黄色に塗られた大きな看板が取り付けられており、そこには「人間の通行には許可が必要です」との注意書きがされていた。

ゲートの内側では、監視役のロボットが常駐しているが、こちらは先程のウォッチャーとは違い、銃火器を積んだモデルだ。無許可のままゲートを突破すれば、時速100キロ以上で追ってきて、ご自慢のレーザーで「強引に停止」させる、という訳だ。

 

「"AI ONLY"も来客が増えたな」

そう呟く"Z"の目の前には、"AI ONLY"のゲートが使用するのと同じ許可車両リストが浮かんでいた。事前に許可を取った車両のナンバーが並んでおり、通過済みの場合は更に通過時刻が記載されている。今日通行許可を得ている車は、全部で10台。以前の倍の台数だ。

「幸い、5台が未通過らしい」

「ラッキー。夕方だし、ここで詰むかと思った」

実際、以前ここに侵入した時は、リストの車両全部に通過済みマークがついていた。来客が増えたのは微妙な気分だが、未通過の可能性が上がるのは大歓迎だ。

振り返って、当分近づいてくる車がなさそうなのを確認した上で、"Z"は未通過のナンバーのうち1つを、自分たちが先ほど取り付けたナンバープレートのナンバーに書き換えた。書き換え完了、無言の合図を受け取り、"スカル"は再び車をスタートさせた。

ゲート手前で一時停止し、待つこと暫し―――あっけなく、ゲートが開いた。ゲートの内側で待機していたロボットも、道を譲るかのように脇に移動した。

「ご苦労、ご苦労」

上機嫌でロボットに手を振る"スカル"の様子に、思わず吹き出した。前回は未通過車両がなかったためにリスト改ざんができず、潜入にかなりの手間を要したのだから、上機嫌になるのも無理はないだろう。

 

"AI ONLY"に用事のある人間などいるのか、と無関心な人間は思いがちだが、最近、少しずつその数が増えてきている。

"AI ONLY"には、いくつかの工場がある。製造しているのは主に、ロボット自身にも大いに関係がある発電機の一種で、品質も他のメーカーと遜色がない。下手をすると上質で安価なケースもある。ゲートを通過する車両の多くは、実はそうした工業製品を買い付けたり、原材料を運び込んだりする車両なのだ。

ロボットが、工場を経営する―――工場生まれの工業製品が、工場を経営するようなものだ。一昔前の人間が聞いたら、出来の悪いジョークだと思うだろう。

しかし、よく似た話を、"Z"は子供の頃、小説で読んでいる。20世紀に書かれた『動物農場』という小説で、農場で飼われている豚が突如人語を解するようになり、家畜達を先導し、農場主を追い出して農場を経営し始める、という内容だった。

 

 

『今起きてることは、これと同じだよ。まだ始まったばかりだけれど、いつかこの小説のようになる日が来る。お前にはまだ難しい内容かもしれないが、今のうちに読んでおきなさい』

 

 

「あれだな」

"スカル"の呟きを耳にして、ハッ、と我に返った。

少しの間、物思いに耽っていたらしい。前方に目を向けると、坂道を登り切った先に、「35」と刻印された大きな扉が見えてきた。目指すラボ35の中央扉だ。ぼんやりしている場合ではない。"Z"は、気を引き締めるように背筋を伸ばした。

ラボ35は、ゴツゴツとした岩山にはりつくように存在した。主に"AI ONLY"内の工場で作られた製品のチェックを行う機関で、いくつかの施設から成っているが、入り口は「35」の刻印の扉1箇所のみだ。扉前に、一応駐車スペースが設けられているが、どうやら他に訪問客はいないらしい。

「人間不在はありがたいねぇ。難易度が一気に低くなる」

車を停め、車を下りながら、"スカル"は依然上機嫌の様子でそう言った。ここまで予想よりスムーズに来ているので気分がいいのだろう。

「だからって好き勝手ドンパチやるなよ」

「心得てますって」

ニンマリ笑う"スカル"の両手には、既に銃が握られている。右は出力が小さいショックガンだが、左は殺傷能力のある銃で、当たればロボットやコンピュータは当然壊れ、間違って人間を撃てばもちろんアウトだ。

一方、"Z"の方は、"スカル"が右に持つ銃より一回り大きなショックガン1丁。ロボット専用に改造されたもので、ショックを与えてロボットを一定時間行動不能にするためのものだ。誤射をしても、機器を破壊する類の銃ではないし、人間に怪我をさせるリスクも少ない。

全ては、事を速やかに、かつ静かに行うための装備―――破壊した物が増えれば増えるだけ、ホストコンピュータ・"カーリー"は異常事態とみなして対応する。ロボット破損を1機も出さず、異常を報せる警報も鳴らさず、自分達が安全な距離に逃げおおせてから、ラボ内の全機能が何事もなかったかのように活動を再開する、というのがベストな展開だ。目的は飽くまでブロンディを助け出すことであって、ラボ35の制圧では決してないのだから。

「オーケー、最終確認だ。お前さんが制御パネルに着いてからコマンド全部打ち込み終わるまで、所要時間は?」

「最速、9秒。制御パネルの状態次第では、最悪、48秒」

「了解」

「"カーリー"が異常を察知してアラートを発動するボーダーラインは?」

「戦闘タイプの同時物理破損が3体以上」

「ご名答。いつでもどうぞ」

左右の扉にそれぞれピタリと背中をつけ、息を潜める。こうした場面での指揮権は、"スカル"の方にある。扉の向こうの気配をじっと伺っていた"スカル"は、進行方向を遮っているらしきロボットが移動するのを見計らって、"Z"に目で合図を送った。

ラボ35の、扉が開く―――いよいよ、「静かなる戦闘」の開始だ。

 

***

 

"Z"が真っ先に確認したのは、ラボ35内で働くロボット達を総合管理する、制御パネルの位置だった。

一方、"スカル"が真っ先に確認したのは、警備ロボットの数と位置だった。

制御パネルの位置と、警備ロボットの数、その両方を把握した瞬間、2人揃って同じことを考えた。

―――こいつは、まずい。

事前情報では、入口付近には警備ロボットが1台、となっていたのだが、今目に入るだけで合計4体―――明らかに平常時の配置ではない。恐らく、ブロンディを連れてきた時点で、警戒ランクを1ランク引き上げていたのだろう。

しかも、そのうち2体は、衝撃弾に巻き込んで動きを止められる地上階ではなく、2階の足場部分にいる。足場からは、制御パネルを操作する"Z"も十分狙える。どちらか一方でも放置しておいたら、計画失敗は確実だ。

しかし、改めて話し合うような時間などない。頼むから、判断を誤るなよ―――互いにそう祈りつつ、"Z"はショックガンの引き金を引き、"スカル"は前に飛び出した。

 

ここまで、僅か3秒。元々平和的単純作業に従事しているだけのロボット達が、緊急事態と認識するには短すぎた。

パッ、と青い稲妻のような光が床を走る。バリバリという音と共に、衝撃弾の着弾地点周辺のロボットの動作が停まった。あるロボットは製品の箱を持ったまま、あるロボットは来訪者に気づいて振り向こうとしたまま、まるで感電でもしたかのように、微かに痙攣している。

その横を掠めるようにして飛び出した"スカル"は、最も反応が速かった地上階奥の警備ロボット1体を、小型ショックガンで仕留めた。が、その直後、2階足場の1体が、手にしていたレーザーライフルを構えるのが、視界の端に映った。弾速の遅いショックガンでは間に合わない―――とっさの判断で、"スカル"は左手の銃を奴に向け、その心臓とも言える胸部のパネルのど真ん中を正確に撃ち抜いた。

連続で撃ち込まれる衝撃弾を追いかけるように、"スカル"は作業用ロボットの間を走りぬけ、その先の数体をショックガンで停止させた。

「走れ!!」

"スカル"の合図を受け、今度は"Z"が走りだした。

ロボット達への牽制は"スカル"に任せ、制御パネルを目指してダッシュする。その頭を、2階足場の残り1体の警備ロボットが狙っていた。

それに気づいた"スカル"が、すかさずロボットの頭を撃ち抜いた。が、崩れ落ちながらも、警備ロボットは、手にしていたレーザーライフルの引き金を引いていた。

「……っ!」

頬に衝撃を感じて、"Z"は思わず一瞬、顔を歪めた。

それが何なのか、わからなかった。ただ、痛い、と言うよりは、熱い。しかし、そんなものに気を取られている時間はなかった。"Z"は痛みを無視して残り数メートルを駆け抜け、制御パネルに飛びつくように手をかけた。

ショックガンの効果は、30秒から40秒しかない。再び動き出すロボットの数が多くなればなるほど、"スカル"1人で対処するのが難しくなる。急がなくては―――館内図を表示しているスクリーンをコンソール画面に切り替え、次々にコマンドを打ち込む。そして、ほぼ最速に近い速さで、全ての処理が完了した。

 

『ai.sys35 all sleeping』

 

メッセージが表示されると同時に、各ロボットのアクティブランプが、次々に消えていった。

衝撃弾の光とロボットに組み込まれた様々なランプの光で、むしろ眩しい位だったフロア全体が、暗くなる。光を発しているのは、壁一面にびっしりと並んだコンピュータと、スリープモードでも点灯したままになるロボットの電源ランプだけになった。ホッと安堵の息を吐き、スクリーンに目をやると、自動的にスリープ解除になるまでの残り時間のカウントダウンが始まっていた。

「15分だ。急げよ」

「はいよ」

応えると同時に、"スカル"は走り出し、フロア最奥の自動ドアを抜けた。その背中を見送りつつ、"Z"は再びスクリーンを館内図に戻した。

 

映しだされた館内図によれば、入口となるこの建物こそ単純な箱型構造だが、最奥のドアの向こうは地下になっており、まるで迷路のような入り組んだ廊下が同心円を描くように延々続いている。事前に"カーリー"を乗っ取っていなかったら、15分で目的の部屋との間を往復するのは到底不可能だっただろう。

館内図の中を移動している緑色の光点は、"スカル"のジャケットに取り付けた発信機だ。目指す部屋に向かって順調に進んでいるが、行く手にある自動ドアには、尽く「CLOSED」の文字が表示されていた。この表示のあるドアは、センサーが切られていて、制御パネルから指示を出さないと開かない。

―――センサーを切ったのは偉いけど、まるでヘンゼルとグレーテルのパンくずだな。

「CLOSED」の文字が、まるで目指す部屋への道標のように並んでいる様子に、少々呆れる。事前に見当がついていなくても、これではブロンディが隠されている部屋がどこなのかバレバレだ。

「開けゴマ、と」

操作パネルのボタンを押すと、一番手前のドアの「CLOSED」が「OPEN」に切り替わった。直後、"スカル"を示す光点が、その扉を通り抜けていった。

こうして、"スカル"を示す光点の移動に合わせて、立ちふさがるドアに「OPEN」の指示を出していくのが、こちらに残った"Z"の役目だ。ドアの向こうに不測の事態が潜んでいる可能性がある"スカル"に比べれば、実に楽な役回りだ。

もちろん、それ以外にもやることはある。なんといっても、目の前の制御パネルは、"カーリー"のレベル2の領域とつながっている。外部からのハッキングでは侵入不可能な領域だ。危険を冒してこんな場所まで来ているからには、時間は有効に使わなくてはいけない。

―――さて、囚われの姫は"スカル"に任せて、こっちは楽しい楽しいデート本番といきますか。

無意識のうちに、口元に凶悪な笑みが浮かぶ。ここに鏡はないが、今自分がどんな顔をしているか、なんとなくわかる。"ニケ"が言うところの「世界を終わらせるスイッチを握ってるマッドサイエンティストみたいな笑顔」ってやつだ。

 

笑いたくもなる。

"カーリー"の胸ぐらを掴んでいるに等しいこの状況は、「あいつ」に―――"Z"にとって最大の目的である「彼」に、挑戦状を叩きつけているようなものなのだから。

 

"スカル"は無事、お姫様のもとに辿り着いたようだ。が、ぼんやり帰りを待つ暇など、"Z"にはない。

やりたいことは、山のようにあった。15分では、とても足りない位に。

 

←prologue |Episode TOP| ep.1[後編]→


Copyright (C) 2014 Tomo Yuuki (Yuuki_LV1Q) All rights reserved. since 2014.07.18
inserted by FC2 system